2012年6月3日日曜日

(シンポジウムレポート)気分障害の生物学的研究の最新動向 - うつ病ドリル


(シンポジウムレポート)気分障害の生物学的研究の最新動向

2009年12月11日(金)、津田ホール(東京都渋谷区)にて、東京都精神医学総合研究所第38回シンポジウム「気分障害の生物学的研究の最新動向―DSM、ICD改訂に向けて―」というシンポジウムが行われました。
その聴講レポートをお送りします。

「気分障害の生物学的研究の最新動向―DSM、ICD改訂に向けて―」
平成21年12月11日(金) 津田ホール(東京都渋谷区)


1.オーバービュー「気分障害の生物学:どこまで理解できたか、何が問題なのか」
  (九州大学大学院教授・神庭重信氏)

うつ病は異質な疾患の集合体
うつ病は抑うつ気分を中心としながらも、不安や離人症状、妄想、身体症状など多くの精神症状を巻き込む病気で、「典型的なうつ病」というのは臨床の場では少数です。
そしてうつ病の原因についても、現在では遺伝子、環境、母子関係、幼少時の体験、性格、人生の出来事など、いくつもの因子が複雑に関わっていることがわかっています。

うつ病の原因に関する主な仮説
・遺伝子仮説
双子の研究により、うつ病を発症するかどうかの4割が遺伝的に決まっていることがわかりました。
また、神経の発達・炎症に関わる遺伝子とうつ病との関係も最近研究されてきています。

・神経化学仮説
いわゆる「モノアミン仮説」というのは、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンのどれかが不足するとうつ病となるという仮説です。
しかし、SSRIなどでセロトニンが増えても、実際に効果が現れるには数週間かかるという矛盾があり、疑問視されています。
最近はモノアミン仮説に代わり、BDNF(神経成長因子:神経細胞の生存・成長・シナプスの機能亢進などの神経細胞の成長を調節するタンパク質)の低下が関係するのではないかと言われています。

・セロトニントランスポーター遺伝子仮説
セロトニントランスポーター遺伝子の長い人は、うつ病になりにくいことがわかっています。


mecuryと手の痛み

・海馬障害仮説
ストレスがかかるとコルチゾールなどのストレスホルモンが増えます。するとステロイドホルモンが分泌され、ストレスホルモンが抑制されます。このサイクルをつかさどるのが海馬ですが、海馬に何らかの障害があるとこのサイクルがうまくいかなくなり、うつ病になると言う説があります。


2.「薬物療法からみた気分障害の症候学」
  (国立病院機構肥前精神医療センター・黒木俊秀氏)

歴史的な経過
躁病に対してリチウムが有効という発表があったのは1949年でした。しかしアメリカFDAがリチウムの有効性を認めるまでには20年かかっています。
リチウムが効く理由について、現在は細胞内の情報伝達物質「GSK-3β」に作用するからではないかといわれていますが、いまだに決定的ではありません。
DSM-3以前、うつ病などの気分障害は、「精神分析」の対象でした。1984年のDSM-3前後から、それが生物学的に研究されるようになりました。
DSM-3では「躁うつ病」→「大うつ病」「双極性障害」と変更されたことにより大うつ病の診断数が大幅に増え、1994年のDSM-4以降では自閉症、ADHD、双極性障害の診断数が増えました。
現在、気分障害の診断、および抗うつ薬の開発・効果は行き詰まりを 見せています。

薬の効かないうつ病が増えている?
うつ病患者が最初に処方されるSSRIで治る率(寛解率)は33%にすぎず、その後薬を3回替えたとしても寛解率は67%にとどまる、という研究があります。
また、昨今取りざたされている多種多様なうつ病(季節性、非定型など)については国内外でさまざまな議論がありますが、今までの分類では「軽症」とされてきたものが増える傾向にあります。
そして「軽症」のうつ病患者にはプラセボ(偽薬)も効いてしまうのです。
現在、うつ病の分類は「病像」(ある病気の患者に共通する特徴)のみに基づいていますが、病像だけでなく病気になる前の性格(病前性格)、発病状況、治療に対する反応なども加味して分類基準を再考することが必要なのではないでしょ� �か。


3.「気分障害の分子神経生物学」
  (独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター・加藤忠史氏)


十代の肥満に関する最近の研究

気分障害の現状
厚生労働省によると、うつ病・双極性障害を主とする「気分障害」の人は日本に104万人いますが、医療機関を受診しているのはその18%にすぎません。
気分障害の治療の問題点として、次のようなものがあります。
 ・生物学的診断の欠如
 ・病気の様子(病態)に応じた分類がない
  (例:季節性うつ病、血管性うつ病、非定型うつ病なども「うつ病」として一緒にされてしまう)
 ・画一的な治療にならざるを得ない
このような問題点の解決のために、脳病態に基づいた分類が必要ですが、気分障害の死後脳研究を行える施設は非常に少ないのが現状です。

うつ病と脳
うつ病では「オール・オア・ナッシング」というような両極端の判断をしてしまう、という認知のゆがみがみられますが、こういった判断は脳の「扁桃体」という部分がつかさどる「情動」の特徴です。
実際、うつ病の患者さんは扁桃体が過剰に活動していることがわかっています。
また、老年期うつ病ではごく小さな脳梗塞を起こしていることが多く、さらにうつ病自体が脳梗塞のリスクを高めることがわかっています。
うつ病の解明には脳のさらなる研究が必要です。


4.「気分障害の脳画像研究と先進医療『うつ症状の鑑別診断補助』の紹介」
  (東京大学医学部附属病院・滝沢龍氏)

精神疾患を目に見えるように
精神疾患は目に見えません。例えば、うつ病で休職していた患者さんがある程度回復しても、復職が可能かどうかを客観的に、誰もが納得できるように判断する基準はありません。
そのような「目に見えない」疾患である精神疾患を目に見えるようにするのが脳画像研究の意義です。

MRIやPETなどで、多くの精神疾患に前頭葉、側頭葉の障害がみられることがわかってきましたが、さらに「NIRS」(光トポグラフィー検査)という方法が先進医療として加わりました。
(※光トポグラフィー検査については→こちら)


象の皮膚疾患

「こころの検査入院」
この光トポグラフィー検査については、新聞でとりあげられたことで問い合わせが殺到しましたが、東大病院で現在行う予定になっているのは「こころの検査入院」だけです。
「こころの検査入院」の詳細(予定)は以下のようになっています。
 ・2009年12月から東大病院のホームページで広報開始
 ・4日間の検査入院、費用は6〜7万円
 ・光トポグラフィー検査を含む諸検査
 ・参加には紹介状が必要
 ・入院中は外来の処方を継続
今後は早期の保険適用をめざしていきます。

(※その他に東京都精神医学総合研究所の楯林義孝氏による「気分障害の死後脳研究」という講演がありましたが、画像を主としていましたので割愛します)


講演後のパネルディスカッションでは、「うつ病の分類について、生物学的な指標(バイオロジカルマーカー)をDSMなどにとりいれるべきか」という会場からの質問がありました。
「最終的には原因で分類すべき。マーカーが原因を示すとは限らないので時期尚早では」
「死後脳の研究がもっと進むのを待つべき」
「診断のマーカーもさることながら、予後の状態や自殺の予測など治療に役立つマーカーを」
上記のような意見が出ていました。


(本郷玖美)

 

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